寵妃花伝 傲慢な皇帝陛下は新妻中毒
だが突き飛ばされた竜樹は、その瞬間、不愉快そうに眉をひそめた。
興(きょう)をそがれたと顔に書いてある。
その顔を見て、失敗したと思ったが後の祭りだ。慌てて謝罪の言葉を口にしたが、舌がうまく回らない。
「へっ、陛下、私は、その、初めてでしてっ、無作法で申し訳ありませんっ……」
こんなことを言いたくなかったが仕方ない。
羞恥のあまり、藍香の琥珀(こはく)色の目にうっすらと涙が浮かんだ。
十七歳の藍香にとって、これはあまりにも刺激が強すぎたのだ。
「でっ、できれば、もう少し、ゆっくり……」
そう言いかけた藍香の発言を、竜樹はあっさりと切り捨てる。
「正直に言って、私はお前が初めてであろうがなかろうが、どうでもいい」
「え……?」
ぐさりと刃物で心を刺されたような気がした。
「それは、どういう意味……ですか」
皇帝は、自分との初夜に、気を使うつもりはないということだ。
わかっていたが、尋ねずにはいられなかった。
すると竜樹は、その冷たくて大きな手で藍香のあご先を掴み持ち上げると、冷めたまなざしで言い放つ。
「娘。私はこの国の皇帝だ。身も心も私に捧げよ。かしずけ、敬え。お前は黙って私に抱かれていればよい」
建国八百年の歴史を一身に背負った皇帝陛下の傲慢な言葉に、藍香の唇はわなわなと震えた。
「そんな……」
皇帝陛下は今宵妻になる女の名前すら覚える気がない。後宮には百人の美姫がいるらしいから、おそらく仕方のないことなのだろう。
(相手は皇帝陛下なんだから……)
傲慢さに目眩(めまい)がするが、何度も藍香は心の中で繰り返した。
(皇帝陛下だから……私は田舎娘だから……だから……こんな扱いを受けても仕方ない……?)
藍香の澄んだ琥珀色の瞳に力が宿る。
(でも……でも、本当にそれでいいの?)
反射的に、けれど堂々と、藍香は竜樹を見上げ口を開いていた。
「――嫌ですっ」