寵妃花伝 傲慢な皇帝陛下は新妻中毒

「なんだと」


 冷めた緑色の瞳が、その一瞬燃えるように輝いた。


「もう一度言ってみろ」


 そして藍香を見据える。

 掴まれた手首に力が込もった。

 たくましい皇帝陛下が本気で力を込めれば、ほっそりとした藍香の手首など簡単に、小枝のように折れてしまうだろう。
 彼の人形のように美しい顔からは想像もつかない力に、藍香は息をのんだが、一度口に出した言葉を引っ込めるつもりはなかった。

 自分が田舎娘なのは本当のことだ。だが一方的に服従を強いられることだけは、たとえ相手が皇帝陛下であっても我慢ならなかった。

 藍香はうぶで田舎生まれの田舎育ちかもしれないが、ひとりの女性として、自分を大事にできる性質を持つ娘だった。


(このまま処罰を受けてもいいわ)


 覚悟を決めながら、皇帝陛下をまっすぐに睨みつける。


「――藍香です」
「なに?」
「私の名前は、藍香です」


 藍香は琥珀色の目に力を込めて、泣いてたまるものかと、皇帝を見上げた。


「私の名前を呼んでください、陛下」


 ドクン、ドクンと、藍香の心臓が跳ねる。

 こんなに緊張を強いられたのは生まれて初めてだった。だが言わないわけにはいかない。田舎者の自分だって、誇りはある。

 そんな最大限の勇気を振り絞った藍香を見て、竜樹は「くだらぬな」と言い放つと寝台から下りる。
 そして着物をひるがえし、なんとそのまま寝室を出ていってしまったのだ。


「え……ええっ?」


(嘘、えっ、出ていっちゃうの……本当にっ!?)


 藍香は呆然と、寝台の上で体を起こして竜樹が出ていった扉を見つめた。



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