僕が小説を書くように
 彼女は、不意をつかれたようだった。
 下唇が、かすかにわななく。

 僕は、机の下から一冊の雑誌を拾い、机の上に放り出した。

『月刊春夏』

 かなりメジャーな文芸誌だ。

「きみは、五年前、ここで賞を取った。
 マツシマケイというペンネームで」

 彼女は、黙って雑誌の表紙を眺めている。

「別に、それを黙っていたことを責めているんじゃない。
 ちょっとこちらを試されたような感じになったのは、あんまり愉快じゃないけどね」

 僕は、唇をひん曲げるようにして笑ってみせた。

「僕は、この雑誌に縁があってね。
 出版社から毎月送られてくるから、目を通すようにしてる」

 だから、憶えているのだ。

「ここに載っている作品と、きみの見せてくれた小説の文体が、酷似している。
 仮名のひらきかた、リズム、題材、少女の境遇。
 もちろん僕も、仕事で大量に本を読むから、すぐには思い出せなかったけど、
 一度読んだものは、基本的に完全に忘れてしまうってことはない」

 それからね、と僕は念を押す。

「どんな有名な賞を取っても、書けなくなってしまう作家を、僕はたくさん見てきた。
 だからきみが、これ以降メジャーな媒体に小説を発表しなくなったのも、理由があるんだろうと思う。
 でもね、不思議なんだ」

 効果的に言葉を切り、彼女の様子をうかがう。
 彼女は、表情を動かさない。

「きみに、悪評がつきまとってることが」
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