僕が小説を書くように
「尾崎六郎先生、ご存じですよね?」

「ああ、もちろん」
 僕は反射的にうなずいた。
 恋愛小説の大家で、僕より何倍も売れている。

「その先生に、授賞式でお会いしたんですけど……。
 二次会で、他に人がいない場所に連れていかれて、いきなりホテルに誘われたんです。
 びっくりしてお断りしたら、俺の顔をつぶす気かって激怒されて、
 出版界にいられなくしてやる! っておっしゃられたんです」

「あー……」

 あの先生、酒癖も女癖も悪いからなぁ……。
 被害者は数知れず……。

「だから、たぶん、仕返しのつもりで……」
 彼女は、がっくりと肩を落とした。

「うーん……」

 これは、厄介なことになったな……。
 相手が相手だからなぁ……。

 僕が頭を抱えていると、

「わたし、文芸系の専門学校の学生だったんです。
 学校の誉れだって、持ち上げられたのに、
 一夜にして、落とされて……。
 それからどんなに頑張っても、どんなに書いても、採用されなくなってしまって、
 ひどいときは、門前払いをくらうようになって。
 これは、根本的に自分がダメなんじゃないかって、落ち込んで……。
 お恥ずかしい話ですが、一年ほど、自分の部屋にこもりっきりになったんです」
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