僕が小説を書くように
 彼女は、以前訪ねてきたときと同じくらいの時刻に帰っていった。
 
 後ろ姿でもわかるくらい、耳たぶまで赤くなって。

 僕は彼女をいじってみたい衝動に何度かかられたが、我慢した。
 セクハラ認定されて、彼女が来なくなってしまうのを恐れたのだ。

「しかし……」

 個人教授ですよ、個人教授!
 なんて淫らな響きなんだ!

 いかんいかん、よだれが出てしまった。

 口元を拭いつつ、これは文学界への貢献のためだ、と自分をいさめる。

 僕が惚れているのは、彼女の作品であり、まだ彼女のなかに眠っている、才能なのだ。

 予防線を張ることで、正気に戻ろうと努力した。

 しかし……。

「来週が、愉しみだな~!」

  柄にもなく、はしゃいでしまう。

 今日の夕食は、オムライスとイタリアワインで有名な、あの店にしよう。

 通勤かばんを抱えて、スキップせんばかりのテンションで、研究室に施錠し、街に繰り出して夕飯を楽しんだ。
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