僕が小説を書くように
 どうやら彼女は、複雑な家庭環境のもとで育ったらしかった。

 幼いころ、父親が家を出て、母親以外の女と暮らし始めたらしい。
 以来、父親とは没交渉だそうだ。

 それに、彼女の可愛さが災いして、性被害にもずいぶん遭ったようだ。

「だから、恒常的な男性不信なんです。好きになっても、相手に自分を委ねられない」
 彼女は、そんな打ち明け話をしてくれた。

 僕は、この子は小説家になる素質がある、とすぐさま思った。

 現実世界が満たされている人間は、小説など書かない。
 不幸な生き方をしている人間ほど、芸術に魅せられる。

 僕の持論だ。
 なぜなら、僕も満たされた毎日を送っているとは、とても言えないからだ。

 彼女ほどでないにしても、僕も実家との関係がうまくいかなかった人間だ。
 母親とは、関係を修復できないまま、逝かれてしまった。

 時間とともに苦しみは薄れていく。
 小説のネタも増えていく。

 だから僕は、小説を書いているのだろう。
 息をするのと同じように。

 吐き出さないと、窒息してしまうから。

 彼女も僕と、似たような精神構造をしているのではないか。

 それなら、もう少し分かり合えるんじゃないか。

 僕は、錯覚であるにしても、そんな淡い希望を持たずにはいられなかった。

 
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