僕が小説を書くように
 個人授業の終わりに、いやらしくならないように細心の注意をはらって、彼女を食事に誘った。
 返事は「ノー」だった。

「用事があるんです。レポート提出の期限もあるし」
 学生の鏡だと思う。

 仕方なく、彼女と一緒に研究室を出て、ドアを施錠した。
 僕の手元に彼女の視線を感じる。

 三軒となりの研究室から、女子二人が出てきた。
 僕の顔を見て、「あっ」と言う。

「畑中先生!」
 二人とも喜色満面で、こちらに向かってくる。

「この間のテレビ、見ました!」
「よくわかんなかったけど、かっこよかったです!」

「それはどうも」
 僕は営業用の顔をつくって、微笑んだ。
 
「今度サインくださいね!」などと言って、彼女たちは足早に去っていった。

「大丈夫?」
 僕のうしろで、彼女がなんとも言えない表情をしていた。

「大丈夫ですけど……。
 ときどき、あの年頃の人が、違う生き物に見えることがあるんです」

「そう思っておけばいいさ」
 実際、違う生き物なのだし。

 十代の彼女を想像してみた。
 清楚な少女が頭の中でできあがった。
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