僕が小説を書くように
「でも、先生、もしかして」
 こんなことではないことを話したいなぁ、と僕がイライラしていると、彼女がぽつりと言った。

「もう、わたしたち、研究室でお会いすることはできないんでしょうか?」

 僕は唇をグラスで隠した。
 そうなのだ。彼女と会う口実が、小説の完成でなくなってしまう。

「そんなことはないよ。遊びにくればいいじゃないの」

 自分ではないような声が出た。
 ちくしょう、なにやってんだ、俺。

「僕の家も知ってるでしょう。来ればいいんだ、いつでも」

 隣に座る彼女を横目で見る。
 視線がぶつかった。

「でも、先生、お忙しいですよね」

 ご迷惑になってはいけない、とつぶやいて、彼女は黙ってしまった。

 出会ったころから比べて髪がのびていること、今日はきちんと化粧をしていることが見て取れた。

「あなたのためなら、いくらでも時間をつかうよ」

 なんだか、やぶれかぶれになって、口説くモードに突入してしまうことにした。

「なぜですか?」
 彼女の頬に、赤みがさしているのは、アルコールのせいか、化粧のせいか、それとも……。

「あなたが好きだからに決まってる」
 声をとびきり低めて、ささやいた。


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