僕が小説を書くように
「怖がることはない」

 ささやいて、くちづけようとすると、すいっとそらされる。

「そういうことではなくて……」
 彼女の言いたいことが、よくわからなかった。
 酔いで回らない頭で考えて、ひとつの可能性に行き当たる。

「はじめて、なの?」
 僕の問いかけに、彼女は、うなずいた。

「え、本当に?」
「こんなことで、嘘はつきません」

「なるほど……」
 こんなこと、学生のとき以来かもしれない。
 あのとき、どうやったっけ……。

「やっぱり、嫌ですよね」

 まずい。
 彼女が、素面のトーンに戻ってしまう。

 僕は、一生懸命考えた。

 彼女を欲しいと思っているのは、間違いない。
 多少障害があっても、乗り越えられる。
 それに、未開拓の地平だったら、

「俺好みに、開発できる……」

 それは素晴らしい。
 ついぞなかった夢だ。

 俺は、公衆の面前で、土下座をした。
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