僕が小説を書くように
「おお……」

 僕の唇から、歓喜のため息がもれた。

 読み終わって、満腹になったときに似た心地よさを味わう。
 時計を見ると、一時間ほどが過ぎ去っていた。

 正直言って、舐めていた。
 趣味で書いている程度なのだろうと。

 それを否定するわけではない。誰だって最初はアマチュアだ。

 けれど最近の学生は、「てにをは」の使い分けもままならないのだ。

 学部生ごときが、少し文学をかじったくらいで、どれくらいのものが書けるというんだ。
 そう思って、舐めていた。

 ところがどっこい、この小説は、まるで玄人が書いたものに劣らない。

 最初の情景描写から、ぐっとこちらをつかんでくる。
 思い悩む少女のみずみずしさが、手に取るように感じられる。

 技術的にも、ハイレベルだ。
 比喩に、オリジナリティがあるし、押しつけがましくない。

 これはすごい。
 適当に流し読むつもりが、夢中になってしまった。

 文法的な問題など、まったく見当たらない。
 そのあたりを粗探ししようとした、自分が恥ずかしいくらいだった。

 興奮冷めやらぬまま、改めて名前を確認する。

「松島恵……」

 なんだろう、頭の隅っこに、なにかがあるような気がする。

 この名前、どこかで見た憶えがあるのだ。

 さんざん考えて、
「あぁ!」
 思い当たり、書庫からある雑誌を引っ張り出してくる。

 果たして、ビンゴだった。


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