【短】春色の風

「ありがとうございました」

そう言って、ぺこりと頭を下げる彼。

返されたポイントカードを持つ手に自然と力が入る。

私は、彼に届くかどうかわからないくらい小さな声で、

「どうも」

と言うと、CDの入った袋を片手にのろのろとレジを離れた。


何度も彼の姿を見ようと試みたけれど、恥ずかしくてできなかった。


仕方なく自動ドアの前に立つと、

「ありがとうございました」

後ろから彼の声。


店を出るのをためらってしまう。


ただの店員と客。

その関係で終わらせたくないと思うほど、彼は魅力的だった。


どうにかできないものかと考えながら店の外に出ると、ふわりとやわらかな春の風に包まれた。


もう一度だけ…


春色の風に背中を押された私は、静かに閉まる自動ドア越しに、そっと彼の姿を見つめた。


店長の説明に何度も頷く彼の横顔。


ドキドキが止まらない。

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