私と恋をはじめませんか
「崎坂さん……」

「小春ちゃんはここで待ってて」

襖を開けても死角になる場所に私を座らせて、崎坂さんは思いっきり襖を開けた。

「うわっ。いきなりどうしたんだよ、芽衣」

「ごめん。小春ちゃん、なんだか具合悪いみたいだから、私連れて帰るわ」

「え? 大丈夫なのか?」

「うん。ちょっと昨日夜更かししちゃってたんだって。だから酔いが回るの早かったみたい。歩けないわけでもないけど心配だから、一緒に帰るね」

「そっか。芽衣、路線一緒だもんな」

「そ、だから気にしないで」

ヒラヒラと手を振って襖を閉めた崎坂さんの手には、私のカバンも握られていた。

「さ、行こう」

小声で崎坂さんがささやいて、私はお店を後にする。

駅までの道を少しだけ速足で歩きながら、崎坂さんが私に問いかける。

「とりあえず電車には乗ろう。本当はどこかに入りたいんだけど、アイツらがお店出てきて鉢合わせしたら大変だから」

私は黙ってうなずく。今何か言葉を発したら、我慢している涙がこぼれそうになっているから。

崎坂さんもそれはわかっているようで、その後は何も言わず、ホームにやってきた電車に乗り込んだ。

電車にはたった一駅乗っただけ。普段は降りることのないその駅で電車から離れ、駅前にあったカラオケボックスに足を踏み入れる。

「歌いたかったら、何でも歌って。私は歌うの苦手だから歌わないけど」

ここなら誰かに会うこともないし、話を聞かれることもない。

崎坂さんの優しさに、さっきまで我慢していた涙が溢れてくる。

「ホントにごめんね。有村ってばあんなこと突然言って」

「ううん。有村さんは悪くありません。もちろん、篠田さんだって。誰もが簡単に両想いになれることなんてないの、私もわかってますから」

そう、頭ではわかってる。篠田さんが私に興味がないと言ったことだって、悪いことなんかじゃない。

職場恋愛をする気がないのだって、それは篠田さんの考え方だから、否定できるものでもない。

「気持ちが頭に追いついてないんだよね。だから泣きたくなるのよね」

崎坂さんの優しい言葉に、ますます涙が溢れてくる。

「今日は泣くだけ泣いちゃおう。明日は会社休みだしね」

おどけた口調の崎坂さんの優しさがうれしくて、私は、泣き笑いの表情でうなずいた。
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