私と恋をはじめませんか
「兄さん、そっとしておいてあげて。小春はね、今、人生の沼にはまっているのよ……」

「小春っち、それは泥沼か? 底なし沼か?」

「いや、そこまで深い沼ではないんだけどね。でもちょっとずぼんと、ね……」

「そっか。何があったか知らないけど、俺でよければ話聞くぞ?」

「ありがとう、兄さん。でも、今日は楽しい同期会だし、また今度にするよ」

「まあ、目の前のふたりに聞かすにはちょっと厳しい恋バナだよねぇ」

少しだけ私が落ち込んでいる事情を知ってるきょんちゃんが、テーブルの向かいに座るふたりに目を向ける。

私たちの向かいに座るのは、営業部の松嶋くんと、製造部の結衣ちゃん。

爽やかな笑顔が素敵な松嶋くんと、お人形さんのように可愛らしい結衣ちゃんのツーショットは、見ているだけで癒される。

だけど、まだこのふたりは付き合っているわけではなく、松嶋くんの片想い。

私たちも松嶋くんの気持ちを知っているから、こうやって同期で集まるときには、結衣ちゃんを松嶋くんをなるべく一緒にさせたりしてるんだけど、何せ結衣ちゃんが手ごわいのだ。

「あ、あのさ、三枝。明日は何してるんだ?」

「図書館でのんびり過ごそうかなあって思ってるよ」

「それ、俺も一緒に行ってもいいかな?」

「……話したりとかできないんだし、私と一緒に行く必要ある? もしかして松嶋くんって、ひとりでお出かけとかできない人だったりするの?」

「い、いや。そういうわけじゃないんだけど……」

意外だなあって顔で、ニコニコ笑いながら松嶋くんを見つめる結衣ちゃん。

反対に、自分の思いが伝わっていない松嶋くんは、苦笑いを浮かべている。

ちょっとおとぼけなところもある結衣ちゃんは、松嶋くんの気持ちに気づいていない。

「ここはもう、ストレートに告白するしか道はないじゃない?」

「だろうな。松嶋のヤツ、意外とヘタレだよな」

兄さんとふたりで顔を見合わせていたら、きょんちゃんが急に「あ!」と声を出した。

「どうしたの、きょんちゃん」

「あのさ、小春。それから結衣も」

きょんちゃんの言葉に、結衣ちゃんも松嶋くんとの会話を中断してこちらを見る。

「ね、合コンしない?」

「ご、合コン!?」

一番大きな声で驚きの声を上げたのは名指しされた私たちではなく、松嶋くんだった。

あたふたする松嶋くんを横目に、きょんちゃんは話を続ける。

「私の彼が銀行員っていうのは話してるよね?」

「うん」
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