私と恋をはじめませんか
「ねぇ。私、少し気になることがあるんだけど」

すると、ずっと考え込む表情をしていた結衣ちゃんが、口を開いた。

「さっきの人と篠田さんが付き合ってるとしてね。だったら、なんで篠田さんはそのことを誰にも言ってないんだろう?」

「まあ、言う必要がなかったら言わないかも知れないよね」

「だけど、この間のお食事のときは『職場恋愛する気はない』って言ってたんだよね? 普通、彼女がいたらその返しになるかなあ」

「確かに、結衣の言う通りだわ。『いや、俺、彼女いるし』くらいのことは言いそうだよね」

結衣ちゃんの言葉に、きょんちゃんも同意するようにうなずく。

「……篠田さん、優しいから。有村さんから私にそのまま話が伝わったときに傷つくって思ったのかな」

「それでも、小春は傷ついたじゃん」

「そうなんだけどね……」

「同じように傷つくなら、本当のこと言われたほうがいいのに」

「それが篠田さんのちょっと不器用な優しさなんだよ、きっと。だから、仕方ないよ」

小さく笑うと、きょんちゃんはそれ以上何も言ってこなかった。

「ねぇ、きょんちゃん。私、合コン行ってみようと思う」

「え? 無理はしないでいいんだよ?」

「ううん。無理をしているわけじゃないの。篠田さんがはっきり私のこと断れないんだったら、私から離れることも必要なのかなと思ったんだ」

顔を上げて、まっすぐきょんちゃんを見つめる。

きょんちゃんはちょっと困った顔を見せていたけど、私の真剣な表情を見て、フウッ、とため息をついた。

「小春のことだから、前向きに考えてのことだもんね。わかった、彼に聞いてみる」

「ありがとう、きょんちゃん。じゃあ、私の話はおしまい! 今からは完全に食を味わう時間だよ」

自分でもわかってる。もちろん、ふたりもわかっているはず。

だけど、私のカラ元気に合わせるように、ふたりも明るい声を上げて笑ってくれた。

きっと大丈夫。今日の悲しい出来事は、時間が忘れさせてくれる。

目の前の料理に手をつけながら、私はそう思っていた。

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