私と恋をはじめませんか
そうか。きょんちゃんも芽衣さんも、研究チームと開発チームではあるけれど、同じ商品開発部だった。

同じフロアの隣同士の部屋で仕事をしているんだから、芽衣さんにその話が入ってもおかしくはない。

『投げやりな気持ちで参加するんじゃないんだよね?』

「はい。自分の気持ちを整理するためです。前向きな気持ちです」

きっぱり言うと、芽衣さんが電話の向こうで小さなため息をついた。

『わかった。小春ちゃんのことだから、後悔するようなことはしないって信じてるね』

芽衣さん側の電話が切れるのを待って、私も受話器を置く。

私のことを、まるで自分のことのように心配してくれていた。

椅子を引く音が聞こえて隣を見ると、用事があって離席していた篠田さんが戻ってきたところだった。

気づかれないように、こっそりと横目で篠田さんを見つめる。

いつものように淡々とした表情でパソコンを操作していると思ったら、急に篠田さんの目が軽く見開かれるのが見えた。

小さな声で、「え? どういうことだよ?」とかブツブツつぶやいているのも聞こえてくる。

どうしたんだろう? 普段は動揺とかも一切見せない人なのに。

首を傾げていると、不意にこちらを向いた篠田さんと目が合った。

「高原さん……」

「はい?」

自分から声を掛けてきたのに、篠田さんは一言も発しない。

ただ、私のことをジッと見つめてくるだけ。

「あの、篠田さん?」

たまりかねた私が問いかけると、篠田さんの肩がピクリ、と動いた。

「何でもない。大丈夫です」

「そうですか?」

「ええ、大丈夫です。すみません、突然」

いつもの口調に戻った篠田さんは、それから終業のベルが鳴るまで、私の方を見ることはなかった。





そして、終業後。

私はきょんちゃんに連れられて、会社から二駅ほど離れた繁華街の個室居酒屋へとやってきていた。

一緒に参加するきょんちゃんの先輩はとても話しやすい人で、会社からお店までの道のりですっかり打ち解けてしまった。
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