私と恋をはじめませんか
「……はい。すみませんでした」

さっきまでのうれしい気持ちが、一瞬でしぼんでいく。

別に対応が悪くて叱られたわけでもないんだから、あんな冷たく言わなくても。

気持ちを比例するように顔を俯けてしまう。

そんな私たちの前の席から、ニョキっとひとりの女性が顔を出した。

「篠ちゃん、もう少し柔らかい言い方できないの?」

「律子さん」

律子さんは、室長情報によるとアラフォーの元気なパートさん。

大学生の娘さんと二人暮らしをしているらしく、同年代の私のこともいつも娘のように可愛がってくれる。

同様に篠田さんのことも息子のように思っているようで、私が言えないようなこともズバズバというのが律子さん。

「高原ちゃんだって頑張ってるんだから。そんな言い方してたら篠ちゃん、嫌われちゃうよ?」

「やめてくださいよ、律子さん」

心底嫌そうな顔をして、篠田さんが席を立つ。

「どこ行くの?」

「……トイレです」

こうして私と目を合わすことなく、篠田さんは部屋を出て行ってしまった。

「まったく。根はいいヤツなんだけどねえ」

律子さんの言葉に、私は苦笑いを浮かべるだけ。

「嫌わないであげてね、高原ちゃん」

「嫌いとまではいかないですけど……。正直ちょっと苦手かもです」

「仕事離れて飲んだりしたら、結構面白い子なのよ? ちょっと誤解を生むタイプではあるけど」

「え? 篠田さん、面白いんですか?」

「うん、結構冗談とかも言うしね……って、ごめん」

結局、途中で律子さんの内線が鳴り出したので、ここでおしゃべりは終了。

おかげで、私の謎は深まるばかり。

あの鉄仮面が冗談を?

結構面白い子ですって?

「いやいや、あり得ないって」

自分で否定したところで、目の前の電話が着信を告げた。

これは内線電話だから……。

「お疲れ様です、お客様相談室、高原です」

『お疲れ様です、営業部、有村です』
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