クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
──身体を壊さないといいけれど。


あのときおばあちゃんが、なによりも先に有馬さん自身の心配をしたのもうなずける。律己くんを預けて働くことを、彼女が責めるはずもない。

彼女自身がそうやって子供を育て、そして最後の最後で助けてやれなかったことへの贖罪を、今行っているのだ。


「俺、思い出すんですよ」

「え?」

「あの台風の日のこと。姉はちょうどあんな天気の日に、居酒屋から慌てて帰ろうとした飲酒運転の車に撥ねられて死んだんです。律己がそこまで知っていたはずはないのに」


考え込むように口元に手をやって、有馬さんが眉間にしわを寄せる。


「それから事務室の戸の鍵。俺は絶対に閉めた記憶がある。律己じゃあの鍵は開けられない」


私もそれは気になっていた。

園の各部屋の戸には大人の頭の高さに鍵がついていて、出入りのたびにつまみをひねって施錠するのが習慣になっている。

あのときも、そこが閉まっていたからこそ有馬さんにも休むよう言ったのだ。


「最近建てつけが悪くなってきて、閉めたつもりで鍵がかかっていないことが、たまにあるんですよ」

「そういうことですかね」


半信半疑の表情をしつつ、彼がうなずく。

私も、半分は建てつけのせい。半分は、もしかしたら本当にお姉さんが来たのかもしれない、と思っている。

この歳まで生きると、人知を超えた摩訶不思議なことが、本当にたまに起こることを、否定できなくなってくる。


「俺は、姉に心配をかけているのかもしれませんね」

「心配?」

「もう少しまともに父親をやれよって」


有馬さんが、足元を見つめて苦笑した。


「俺の戸籍に入れたのは、そのほうが律己にとっていいと思ったからです。俺は自分を律己の父親とは思ってませんでしたし、前にも言った通り、律己に真実を隠すつもりはありませんでした。ただ…」


ふと言葉を止め、視線を落とす。


「最近、迷ってます」

「どうして、ですか…」


踏み込みすぎだろうか。

また、あなたには関係ない、と扉を閉められてしまう可能性を感じながらも、聞かずにはいられなかった。

有馬さんは組んでいた脚をほどき、投げ出すと、身を屈めて腿に肘を置いた。
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