クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
10. あなただから
「夏休みはお休みできるんですか?」
「いや、まず無理なんで、まあ月末あたりに代休取る感じかなと」
登園簿に19時半迎え、と書き入れながら、有馬さんが笑う。
少し仕事が落ち着いたんだろう、朝イチだった登園はほかの園児たちと変わらない時間帯になり、迎えの時刻も30分早まった。
「その頃にはお休みを取れそうなんですか?」
「ですね、今作ってるタイトルがお盆明けに片付くんで。その後はみんなまとまった代休を取るんです。二週間とか三週間とか」
「そんなに!」
「そういう業界なんですよ。宿が取れたら、律己と旅行でも行こうかと思ってます」
「うわあ、楽しみだねえ、律己くん」
彼のほうに屈み込むと、プールバッグを抱えた律己くんが、にこっと笑った。
「今日からプール、楽しもうね」
「そうだ、今度プールも行こうな。でっかい、スライダーとかあるとこ」
父親に見下ろされ、律己くんがはっとした顔をした。
急に背筋をしゃんと伸ばし、有馬さんにぴっと保育室のほうを指差してみせ、そちらへそそくさと去ってしまう。
残念ながら本人の意図とは真逆に、その様子はとっても不自然で、見送った有馬さんは「なんだ…?」と目を丸くしている。
私は笑った。
「なんです?」
「これ、たぶん言われたくないと思うので、本人には内緒で」
「なんですか」
ロッカーに片腕を乗せた有馬さんが、目線を律己くんの消えたほうにやったまま、軽く身を乗り出すようにして耳を寄せてくる。
素直なその仕草にまたちょっと笑ってから、私はあまりこそこそした感じにならないよう、小声でささやいた。