クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
11. ふいに
その日以来、私はあの男性がもう一度来たら即座に渡せるよう、有馬さんの電話番号を書いたメモをエプロンのポケットに忍ばせていたのだけど。
結局、それを使う機会は来なかった。
二週間ほどして、ふたりが鉢合わせしたからだ。
9月も後半に入った頃だった。
私は6時を過ぎて、少なくなってきたお迎え待ちの園児たちを一か所に集めるべく行ったり来たりしていた。
そこに電子錠の開く音がして、玄関ドアから有馬さんが顔を覗かせた。
「あっ、お帰りなさい」
「どうも。お世話様です」
「早いですね」
「暇な時期なんで」
実際、時間に余裕があるんだろう、髪がさっぱりと短くなっている。そうすると、風来坊のような雰囲気が消え、ますますお父さんらしく見える。
「ちょっとお待ちくださいね、律己くーん」
保育室に向かって呼びかけたとき、玄関の外、有馬さんの背後から「えっ」という控えめな狼狽の声がした。
声の主を確認し、私がはっと息をのんだことに、有馬さんは気づいたに違いない。振り返って、表に立っている男性を見ると、今度は私に、確認するような視線を投げてきた。
私はうなずいた。
例の、男性だ。
前回と同じく、かっちりしたスーツ姿で、革の鞄を提げている。モニタ越しにはわからなかったけれど、かなり背が高く、有馬さんを頭半分ほど上から見下ろすくらいの長身だ。
私と有馬さんは、なにか言おうと同時に口を開いた。だけど驚くことに、真っ先に言葉を発したのは、男性だった。
「有馬、篤史さんですね」
有馬さんがはっと背筋を伸ばした。