クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
12. 渦の中
「今日、向こうが仕事終わり次第こっちに向かうそうで、早ければ7時半頃には着くだろうと」
「わかりました」
週明けの水曜、ついに安斉さんと話をする日がやってきた。
律己くんを連れて登園してきた有馬さんは、登園簿に必要事項を書き込みながら、やっぱり少し落ち着かない様子を見せている。
私は早番なので16時あがりだ。帰ったらすぐに律己くんの夕食を用意しよう。
「俺は今日、頑張っても7時迎えがぎりぎりなんで」
「7時半前には必ず有馬さんの家に行けるようにします」
「ありがとうございます」
彼がふわっと浮かべた笑みが、安心や信頼から来るものだと信じたい。私は彼の葛藤には関われないから。彼の内側には、力を貸すことができないから。
せめて手間を軽くするという意味でくらいは、役に立てていると思いたい。
「じゃあ、律己をよろしくお願いします」
「はい。行ってらっしゃい」
はにかむ顔を確認して、保育室に入ろうとしたとき、玄関で有馬さんが呼び止められているのを見た。
富永さんだ。朗らかに何事か有馬さんに話しかけている。ふたりは会話しながら靴を履き、そのまま出ていった。
ああして保育園に溶け込み、律己くんと馴染み、彼はさらにお父さんらしくなっていく。本人の思惑は、もしかしたら置き去りのまま。
安斉さんの存在は、有馬さんの父としての意識にどう影響しているんだろう。飄々とした彼の様子から、内面をうかがい知ることはできない。
今日、ふたりの父親があいまみえる。
なにか、化学反応みたいなものが起こる気がして、だけどそれがいいものなのか災いに近いものなのかわからなくて、私は頭を振り、とりあえず考えるのをやめた。
エントランスのインタホンで有馬さんの部屋番号を押そうとしていた、まさにそのとき、背後から「エリカ先生」と慌てた声で呼ばれた。
振り返ると、有馬さんが律己くんを連れて入ってきたところだった。
「お帰りなさい、すみません、ちょっと早く来てしまいました」
「いや、すみません、こっちこそ。うまく会社を出られなくて」
彼がジーンズから鍵を取り出し、リーダーにかざすと、ガラスドアが音もなく開く。「どうぞ」と促され、一緒に入った。
エレベーターの中で、律己くんがしきりに私を見上げてくる。