クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
十分だ。立派です、有馬さん。

律己くんの、ちょっといたずらめかした笑みを見るに、出来栄えはいまひとつだったり、まだムラがあったりするのかもしれない。

だけど、ほら有馬さん、嬉しそうですよ、律己くん。

自分のために時間を割いて、手間をかけてくれるのは、子供じゃなくたって嬉しい。それがその人が、本来苦手としていることであればなおさら。


「そうかあー。いいね、お父さんのごはん」


使いやすそうな片手鍋を選んだ。きっとこれが、お味噌汁用だ。

律己くんはにこにこしながら、満足そうに大きくひとつ、うなずいた。




私が下りていったとき、ラウンジのふたりは目も合わせず黙ったままで、一見して話し合いが進んでいないのが見て取れた。

おそるおそる近づいた私に有馬さんが気づき、手招きして隣のソファに座らせた。

うつむいていた安斉さんが、こちらを見て不思議そうな顔をする。


「律己くんの担任の、倉田といいます。先日、インターホン越しに」

「ああ…」


すぐに逃げてしまったことを思い出したのか、恥じるようにわずかに微笑み、彼はまた、有馬さんとの間を区切っているガラスのローテーブルに視線を落とした。

ふたりの間には、どちらが買ったのか──たぶん有馬さんだと思う──ペットボトルのお茶が置いてある。有馬さんがそれに手を伸ばした。


「お話はわかりました。あなたは姉が妊娠していたことを知らされていなかった。姉は突然あなたの前から消えて、あなたが行方を追い始めた頃には死んでいた。そういうことですね」

「…ええ」

「で、できたら律己を引き取りたいと」

「初音さんと、私の子です」


遠慮がちながらも、きっぱりと安斉さんは言い切り、うなずいた。

有馬さんはしばし、考え込むように目を伏せ、ソファに深々と身を沈めた。その様は、かっちりしたスーツ姿で背筋を伸ばしている安斉さんとは対照的だ。


「俺にはね」


やがて彼が口を開いた。


「あなたはとてもまともな人に見えます。姉のことも、適当に考えていた印象は受けない。善人かどうかはわからないし、知ったことじゃないけど、少なくとも犯罪を犯して平気な顔でいられる人には見えない」

「…恐縮です」

「だから余計気になるんですよ。なんで姉は、あなたのそばで律己を産むことを選ばなかったのかなって」
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