クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
背もたれに身を預け、有馬さんは鋭い視線を対面に投げた。

安斉さんは、明らかにぎくっと肩を揺らし、その視線を受け止めかねたように、膝の間で組んだ手に視線を落とした。

だけどその様子は、その疑問を投げかけられることを、覚悟していたようにも見えた。


「…私には妻がいました」


有馬さんが小さく舌打ちをした。

かったるそうに一度頭を振り、席を立ちかけたところを、「離婚しました!」という必死の叫びが押し留める。

有馬さんは、いつでもこの会合を終わらせる気があると示しているように、全身に警戒と非難をみなぎらせて相手を見据えた。


「初音さんと出会ったとき、すでに協議中でした。ですが難航し…やがて初音さんは私の前からいなくなりました。私は、初音さんと結婚するつもりでした」

「口ではなんとでも言えるよな」

「申し訳ありません。はっきりしない立場のまま、初音さんとお付き合いしていたのは事実です。悔いています。彼女が私を見限ったのも当然と受け止めています。ですが、だからこそ…」


筋張った手が、震えるほど握りしめられる。


「律己くんは…初音さんの子だけは、どうか」


有馬さんは静かな怒りを灯した目つきで、それを見つめている。


「私には、もうほかになにも残っていないんです…」


悲痛な声だった。

けれど身勝手な言い分であるのも確かで、私は有馬さんの中の怒りが、ふっと温度を上げたのを感じた気がした。

彼がわずかに身を乗り出したのと、私が彼の手を握ったのは同時だった。ソファの肘掛けの上で、有馬さんはびくっと手を震わせた。

その手はひんやりしていた。

あまりに怒りが強いと、こうなるものなんだろうか。


「…考えさせてください」

「どうか、よろしくお願いします」

「あなたにお願いされる筋合いもないんで。俺はただ、考えるだけです」


私の手をぎゅっと握り返し、そのまま有馬さんは腰を上げた。つられるように私も立ち上がる。

見上げる安斉さんをまっすぐ見返し、有馬さんは言った。


「律己にとって、なにが一番いいのかを」

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