クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~

エレベーターが14階に到着するなり、有馬さんは私の手を引いて降り、部屋とは逆方向に引っ張っていった。


「有馬さん…」


非常階段への出入り口。人目につかないその場所で、私を抱きしめる。両腕で私の頭を抱えるようにして、そこに自分の顔を埋めて、抱きしめるというより、すがりついているというほうが近いかもしれない。


「姉はバカだと思いませんか」

「有馬さん…」

「よりによって既婚かよ…!」


加減のない腕が痛い。それは震えていて、彼の心の中の嘆きや怒りを、そのまま私に伝えてきた。

かける言葉がなくて、私は彼の髪をそっとなでた。

繰り返しているうちに、向こうの身体の強張りが解けて、私を優しく、ぎゅっと抱きしめ直す。髪が頬にすりつけられる。

こんな場所でしか、吐き出せないんだ。

そのことに気づき、胸が痛んだ。

家に帰れば父親にならなきゃならなくて、会社では会社の顔がある。そのどちらでもない、こんな半端な場所でしか、ただの自分になれないんだ。

それは、親という立場の人たち、みんなが持つ苦悩なのかもしれない。

徐々に"個"を削がれて、それに抗おうとすれば白い目で見られる。子供より自分を優先させている自己中心的な親、と後ろ指を指される。

ふいに有馬さんが、一瞬きゅっと腕に力を込めてから、私を離した。


「ありがとうございました。先生がいてくれなかったら、たぶん殴ってた」

「…有馬さんは、そんなことしませんよ」


ちょっとぽかんと口を開けて、彼が力なく微笑む。


「それは買い被りです」

「もちろん、わかってます」


深々とうなずいた私に、有馬さんは虚をつかれたような顔をして、不可解そうな戸惑いを見せ、それから、ようやく察したらしく、むっと不満げな表情になった。


「さすが"先生"ですね」

「はい、子供たちのことは、まず信じてあげる。基本です」


子供たちって、と口の中で吐き捨てながらそっぽを向く。

私はくすくす笑い、うなじにかかる柔らかい髪に手を伸ばした。


「そうするとね」


さわると、ぴくっと反応があって、真意を確かめるみたいに彼が横目でこちらを見る。
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