クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「信じてもらった姿に、子供たちは近づこうとするんです」


ねえ有馬さん。だからまず、自分を信じてあげてくださいね。大人になってしまうと、それはとても難しいことなのかもしれませんが。

はっと目が見開かれ、それから弱々しく揺れた。首筋に置いていた私の手を、有馬さんがそっと取る。


「…俺が決めていいことなんでしょうか」

「今、一番律己くんのそばにいるのは、有馬さんですよ」

「近くにいるってだけです。それもやむなく。ただでさえあいつには母親がいないんだ。その分、もっといろいろしてやれる人間が必要なのに」

「有馬さん」


呼んでも、うつむきがちに不安を吐露する彼は、顔を上げない。

掴まれた手を、握り返した。


「もしご自分を信じるのが難しいようでしたら、私を信じてください」


心細そうな視線が、あちこちをさまよった末、ようやく私を見てくれた。


「私は、律己くんのことは有馬さんが決めるべきと思います。これはあなたの役割です。私が言うんです。頑張ってください」


ふたりの顔の間で、握り合った手。

有馬さんは私の指の背に唇を押し当てて、ぷっと小さく笑った。


「あんな見事に転んでおいて」

「それは関係ないでしょう!」

「はいはい。荷物取りに、うち戻りますよね?」


行きましょ、と微笑んで、部屋のほうへ足を向ける。

手はするんとほどけた。

先を行く背中が、一歩進むごとに、"父親"に戻っていくのがわかる。

どうして、家族の待つ家に帰るのに、孤独をまとわなくちゃならないんだろう。幸せな家庭を維持するために、誰もいない場所で泣かなくちゃならないんだろう。

親である孤高。

気づいたら立ち止まっていた。ポーチの門を開けた有馬さんが、そんな私に気づいて、不思議そうに首をかしげ、笑いかけた。


「どうぞ?」


目の奥が熱くなった。

有馬さん。

どうか負けないで。

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