クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
* * *


安斉さんがもっと、一見してろくでもなかったり、一般的に堅実といえる職業に就いていなかったり、向こうから殴りかかってきたり、すべてをお姉さんの責任にするような人だったりしたらよかったのかもしれない。

有馬さんの苦悩は、もしかしたら父親として、自分より安斉さんのほうが適しているのでは、と少しでも思えてしまうところにある。

たぶん。

あの会合以来、有馬さんは目に見えて沈みがちになった。




「わっ」


覗き込むと、ぼんやり登園簿に書き込んでいた有馬さんが、ぎょっとした声をあげ、身体を引いた。


「なんですか、いきなり」

「ずっと呼んでましたよ」

「なんで」

「一行ずれてます」


別の園児の欄に記入していた有馬さんは、手元を見下ろし、自分に絶望したようなため息をつく。それから間違えて書いてしまった部分を二重線で消し、『すみません』と相手の保護者に向けてメッセージを書き入れた。


「私はまだ信じてもらえてないみたいですね」

「…茶化さないでもらえますか。これでも必死なんで」

「自分に自信がないからって、人の誠意を疑うわけですか」


じろっと睨み合い、有馬さんのほうがすぐ折れた。ばつが悪そうに「すみません」ともごもご謝罪する。


「"篤史くん"もかわいそうですよ、いつまでたっても信じてもらえないんじゃ」

「ほら、茶化してますよね?」

「行ってらっしゃい」


悔しげにこちらを見やる彼を、さっさと送り出した。

有馬さんは靴を履きながら振り返り、当てつけるように律己くんにだけ手を振って、横にいる私には目もくれずに出ていく。

律己くんが、そんな父親の非礼を詫びるように、妙に大人びた"仕方のなさそうな顔"で私を見るので、笑ってしまった。


「行こうか、今日、朝の会のお当番だね」


肩を叩くと、彼がやる気満々にうなずく。
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