クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
13. ふたり、の瞬間
「あれ?」
運動会の日にも乗せてもらった黒いSUV。
私はドアから首を突っ込み、後部座席まで覗いて、律己くんを探した。
いない。
有馬さんが不思議そうな声を出す。
「どうしました?」
「あの、律己くんは…」
「え?」
運転席から腕を伸ばし、助手席側のドアを開けてくれていた彼が、目を丸くした。
「家で、母が見てくれてますけど」
「えっ」
「俺、そう言いましたよね?」
「えっ?」
言ってた?
おばあちゃんが久しぶりに来てくれるというのは、聞いたけど…。
「だって、律己くんがいるから、遅くはなれないんですよね?」
「そうですよ」
有馬さんが当然のことのようにうなずく。
律己くんがいるから、遅くは…。
「あ…」
私はようやく、自分の勝手な勘違いを理解した。そして有馬さんも、私がどういうつもりで今日のこのこやってきたのか、察したみたいだった。
「わ…ご、ごめんなさい、私…」
「ちょっと、先生」
踵を返した私の手首を、有馬さんが急いで捕まえた。もう一方の手にはお弁当を入れたバッグがある。恥ずかしくて消えたい。
「まさか帰る気ですか」
「か、帰りませんけど、その、出直すっていうか」
「出直す!?」
車内に片手を残したまま、私はその場にうずくまってしまいたいくらいの羞恥と後悔に苛まれていた。
「お、お弁当もたっぷり三人分あるんです。最近律己くん、食べる量増えてきたので、足りなくならないようにと思って。ふたりじゃきっと食べきれない」
「え、そこ?」
「恰好だって…!」
とっさに大声を出してしまってから、ますます恥ずかしくなった。
もう嫌だ。どうしてこんな勘違いしたんだろう。
いつもの通り、ほとんどメイクをしていない頬をこする。
「ふたりだってわかってたら、もっと違う服、着てきたのに」
情けなくも、涙声になった。