クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「知らなかったんですか? それとも、お父さんの前ではよくしゃべるとか…?」

「いや、俺の前でも全然しゃべらないですけど、子供ってあんなもんなのかと。ほかの子なんて知らないし」

「………」


お母さんのいる家庭で、お父さんが比較的子育てに無関心というのは、まあよくある。だけどお母さんがいないのにこれじゃ、律己くんがかわいそうすぎる…。


「あの、ありがとうございます。えーと、補食? の件も。来月からはちゃんと申し込むんで」

「お願いします。なにか困ったことがあれば、いつでも相談してください…あ」


そうだ、と思いついた。エプロンのポケットに常備しているメモ帳に、携帯の番号を書いて渡す。


「もうご存知でしょうけど、私、すぐ近くに住んでるんです。土日でも夜中でも、閉園後になにかあれば、連絡していただいてかまいません」

「…ホットラインかなにかですか?」

「いえ、ただの個人携帯です」

「え」

「えっ」


お父さんの困惑が伝わってきて、つられて私も焦った。律己くんのためにと思ったんだけれど、やりすぎだっただろうか。

お父さんは長いこと黙ってメモを眺め、やがて顔を上げた。


「ありがとうございます、心強いです」


普段、謝意をそんなふうに、まっすぐ表現することのない人なのかもしれない。照れくさそうにはにかんで、それでも誠実に、私に向かって感謝の気持ちを伝えてくれる。

私はまた、ぽかんとするほかなかった。

そういえば律己くんの面影がある、すっきりと整った顔立ち。人をじっと見つめるところも、よく似ている。


「いえ、じゃ、失礼します」

「子供、好きなんですね、尊敬します」


それはちょうどドアノブに手をかけたときだった。
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