クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
車は拍子抜けするほどあっさりと、外から厳重に目隠しされた駐車場に滑り込んだ。部屋に上がるまで、有馬さんは私の手を握っていてくれて、それが私だけじゃなく、彼も緊張しているのだと伝えてきたので、私はほっとした。


「先生、こういうところの風呂って抵抗ないですか? 入れます?」


ぼんやりしていた私は、はっと我に返った。

照明を落としたシンプルできれいな部屋の中。所在なくベッドの隅に腰かけた私を、バスルームのほうから有馬さんが見ている。


「あ、は、入れます」

「よかった」

「というか、あんまり、その」


有馬さんは靴下を脱ぎ捨てると、ジーンズの裾を折り上げ、同じ流れでTシャツの後ろ襟を掴み、頭から抜いた。

服を着ているときのイメージよりずっと精悍な、程よい筋肉に覆われた身体が現れたので、私はぎくっとした。


「慣れてませんか?」


頭を振って髪を直しながら、有馬さんが問いかける。その調子はいつも通りなんだけど、やっぱりどこか、こういう場面に合わせて、穏やかで、なんというか、近い。

誰も邪魔しない、ふたりだけの空間で使う声だ。


「あの、はい」

「ほんとですか。俺、学生の頃とか、一時すげえハマりましたよ」


シャワーの水音がして、ガラスの仕切りがふわっと曇った。浴槽を流しただけのようで、すぐに彼がこちらに戻ってくる。背後ではお湯の張られる音がしている。


「私、まじめだったので」

「俺が不真面目みたいに言わないでください。俺だってまじめでしたよ」

「ハマってたんでしょ?」


途中のテーブルから灰皿を拾ってくると、有馬さんは私の隣にどすんと座った。弾みで私も上下する。


「誰もが通る道でしょ」

「だから、私はまじめだったので、通らなかったんです」


煙草をくわえながら、ふふっと有馬さんが楽しそうに笑った。「なんですか」とむくれる私を、その目がちらっと見る。


「これまでの彼氏は?」

「え」

「とか、聞きませんよ。過去に嫉妬するほど虚しいことないんで」


カチンとライターの音がして、煙の香りが立ち上った。火の具合を確かめるみたいに、最初のひと吸いを、彼は煙草の先を見つめながら深々と行った。

薄く開いた唇から吐き出される煙。

丸めた裸の背中、膝に置いた肘。


「…ここ、あるの、知ってたんですか?」

「そういうこと、聞くもんじゃないですよ」
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