クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
14. 巡る風
「──あ、そう? でももう帰るよ、うん」
お風呂から上がったところで、有馬さんに電話があった。おばあちゃんだ。
私は髪を拭きながら、携帯を肩に挟んでジーンズのベルトを留めている姿をガラス越しに覗いた。
彼が携帯をしまいながらこちらにやってくる。
「律己がいい子なんで、もう少し遊んできてもいいわよって。でもまあ、そういうわけにもいかないんで」
「ですね、帰りましょう」
少し残念そうに、でもほっとした様子で有馬さんがうなずく。
早く帰ってあげましょう。私たち、律己くんのことを後回しにしてまで一緒にいたら、ダメですよ。ね。
後ろから抱きしめてくる有馬さんの濡れた髪にも、ついでにドライヤーの風を吹きかける。「熱っ」と身体を離した彼は、私の手からドライヤーを取り上げ、私の髪を乾かしてくれた。
帰りの道中は言葉少なに、でもゆったりとした気分で過ごした。
少し開けた窓から入る風が、結んでいない髪を梳く。時折有馬さんが左手を伸ばして、その髪をなでる。
だけどそんな戯れも、家が近づくと自然と消えた。
「ありがとうございました、おやすみなさい」
朝に待ち合わせたのと同じロータリーで、自家用車の乗降スペースに車は停まった。エンジンの緩やかな振動が伝わる車内で、シートベルトを外す私に、有馬さんがなにか声をかけようとした、ちょうどそのとき、振動音がした。
コンソールボックスに入れていた彼の携帯からだ。
どうして有馬さんが、こんなタイミングでその携帯を確かめてしまったのか。それはたぶん、おばあちゃんからだと思ったからだ。私も思った。
そうじゃなかったことは、一瞬で陰りを帯びた表情から、すぐにわかった。
ほんの数センテンス、手早く返信を打つと、有馬さんは力なくシートに寄り掛かり、自嘲するように笑った。
「水差してくれますよね」
「…安斉さんですか」
「近いうちに会うことにしました。返事をしようと思って」
「えっ…」
彼は脚の間に垂らした両手で、挟むように持った携帯を見つめている。
「どうするか、決められたんですか」
「まだです。でもずるずる引っ張っても、誰にとってもよくないので」