クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
それは、そうだけど。

私はドアノブにかけていた手を引っ込め、有馬さんのほうへ向き直った。


「まだ迷ってますか」

「迷ってます」


彼は私を見ない。

「有馬さん」とその腕を揺すった。


「律己くんの声を聞いてあげてください」

「しゃべらないんで、あいつ」

「そういう意味じゃありません、わかってるでしょう! ちゃんと向き合ってあげてください。律己くんの気持ちが、一番──…」

「簡単に言わないでくださいよ!」


鋭い声が、私の言葉を遮った。有馬さんの横顔が、唇を噛み、手で覆われる。


「そりゃ、聞けたらいいですよ。だけどあいつはまだ5歳にもなってない。見ず知らずの男と俺、どっち取るって聞いたら、俺と答えるに決まってます」

「そういう意味じゃ…」

「あいつの気持ちを無視してでも、俺には正しいほうを選ぶ義務がある」


正しいほうって…。

私は言葉を失った。


「だけど、わからないんです…」


絶望しているような声だった。

この人は知らない。律己くんが彼に向ける笑顔がどれほど特別か。私たち保育者たちに向けるものと、どれだけ違うか。どれだけ輝いているか。

自分が律己くんにとって唯一無二の存在であるのを、知らない。


「…じゃあ、有馬さんの気持ちは?」


私は彼の手を外させ、うつむいた顔を覗き込んだ。


「有馬さんの気持ちはどうですか。それも大事じゃないですか」

「俺の気持ちなんか、どうだって…」

「どうだっていい? どうして? 律己くんの一番そばにいる人の気持ちが、たいした問題じゃないっていうんですか」


感情に揺れた目が、こちらを見る。

それは刺々しく光って、あんたになにがわかる、と訴えていた。私は彼の肩を掴んで揺さぶった。
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