クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
マンションに帰ると、郵便受けに母からの絵葉書が届いていた。
【年末年始の予定を教えてください。来てくれるならおせちを作ります】
私は長いことその場に突っ立って、その文面を眺めていた。
絵葉書は都心で開催され、大々的に宣伝されている、ロシアの国立美術館のコレクションが一堂に会しているという大展覧会のものだ。
以前なら、すべてが押しつけがましいと感じていただろう葉書が、不思議とそこまで気にならない。心がほかのもっと大事なことに向いているからかと思ったけれど、そうでもないように感じた。
母が、なにを考えて私を預け、働いていたのか。
彼女はなにが一番大事だったのか。
私はなぜ、これほどまでにその答えが欲しいのか。
ふ、となにか掴みかけた気がして、それがまた指の間から流れ出ていってしまったのを感じた。
なんとなく、エレベーターを使わずに階段で部屋まで上がることにした。
逃したことに、悔しさも焦りもない。こうして一段一段、踏みしめて進むうち、いずれまた向こうからやってきてくれるのがわかるからだ。
そのなにかを掴んだとき、私の世界は、どう変わるんだろう。
劇的に色づくかもしれない。
もう一度絶望の灰色に染まるかもしれない。
どちらでもいい。
妙にクリアな気持ちでそう思えるのは。
どちらの世界にも、あなたがいるとわかっているからです、有馬さん。
今、あなたに見えているのは、どんな色ですか。
* * *
「エリカ先生、相変わらずダンス下手ですねえ」
「うっ…」
原本先生の遠慮のない指摘に、事実だからこその打撃を受けた。
「リズムの外し方にセンスなさすぎ。それじゃ子供たち混乱しちゃいますよ。ちゃんとカウント取って!」
「1、2…」
「違ーう!」
居残り練習組の間に、スパルタな声が飛んだ。
運動会の余韻が消える間もなく、発表会の準備が始まったのだ。子供たちに教えるより先に、当然ながら保育者はみな、劇もダンスも会得していなければならない。
ダンス部だったという原本先生が、パソコンで再生中の教材DVDを少し戻した。