クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
15. 明日の匂い
「そうおっしゃるんじゃないかなと、覚悟していました」
少し痛そうに、だけど晴れ晴れした顔で、安斉さんはそう笑った。
前回と同じ場所、同じ時間帯。私も同じように同席させてもらった場で、有馬さんは『律己はやれません』と頭を下げた。
「すみません」
「いえ、正直なところ、ほっとしている自分もいます。律己くんの父親になりたい気持ちはありますが、子供を育てるというのが、簡単でないことは承知しているつもりですから」
黒に近いダークグレーのスーツでやってきた安斉さんは、微笑んで「いただきます」とテーブルの上の缶コーヒーを開けた。
有馬さんも、同じく缶コーヒーを手に取る。
「そこは俺が言える部分じゃないというか。俺は決して、あなたじゃ律己を育てられないと思って結論を出したわけじゃ、ないですよ」
少しはそれが影響していると考えていたんだろう、安斉さんの眉が、驚きを表すみたいに軽く上がった。
気が抜けたのか、くつろいだ様子でソファに深々と身を沈め、有馬さんがつぶやくようにぽつんと言う。
「支えてくれる人さえいれば、たぶん、できます」
安斉さんと私の目が合った。有馬さんはこちらを見ることはなく、マイペースに缶コーヒーを飲んでいる。
その様子を確認し、安斉さんはさみしげともとれる微笑を浮かべた。
「うらやましいです」
「でしょうね」
「そういうはっきりした物言い、初音さんを思い出します」
苦笑しながら言い、コーヒーを飲み干すと、彼は立ち上がった。
「失礼します。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いえ」
有馬さんは簡潔にうなずき、腰を上げざまお互いの缶をさっと片手で拾い上げ、客人を出口へと促す。その仕草は驚くほどあっさりしていて、だけど不思議と、無礼とは感じなかった。
「あなたに、これを」
「え…」
エントランスを出たところで、有馬さんがジーンズのポケットからなにかを出し、安斉さんの手に載せた。
ミサンガだ。