クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「姉が作ったものです。遺品は、ろくに見ないで全部捨ててしまったんです。こういうものしか遺してなくて。よければ」


外はもう暗く、ロビーの明かりが私たちを照らしている。

じっと手のひらの上を見つめる安斉さんの、瞳の光が揺れているのが見えた。赤とグレーのミサンガが、ぎゅっと握りしめられる。


「…ありがとう、ございます」

「別にあなたを喜ばそうっていうんじゃないですが」

「え?」

「やっぱり律己と、どこか似てますね。表情とか」


背の高い安斉さんを見上げる形で、有馬さんはそう言った。なんの含みもない、お愛想でもない、彼がよく使う、正直な声音で。

はっと表情を変えた安斉さんが、有馬さんをじっと見つめる。亡くしてしまった、愛しい人の面影を探しているように、私には見えた。


「…有馬さん」

「はい」

「もし、時間がたって、あなたがそれを、許せる日が来たら」


言葉が詰まる。有馬さんは黙って聞いている。


「律己くんと、会わせてください。他人のふりでも、なんでもします」


有馬さんは答えず、無言で相手を見つめ、やがて思い出したように腕時計を見た。


「電車、来ますね。この時間、本数少ないんで行ったほうが」

「有馬さん、どうか」

「考えておきますよ」


追いやるように安斉さんの背中を押しながら、有馬さんがにやっと笑った。


「あなたを、なんて紹介するかをね」


何度も何度も振り返っては頭を下げ、安斉さんは帰っていった。

マンションの前で、手を振るでもなく頭を下げ返すでもなく、ポケットに両手を引っかけてそれを見送っていた有馬さんが、深々と息を吐く。

私に横顔を向けたまま、彼はうつむいた。


「これでよかったのかどうか、いつわかるんですかね」

「さあ」


無責任に首をひねる私に、不満そうな目つきが投げられる。
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