クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
そんな言葉、大人になった今もらったところで、あまりに現実味がなくて受け止めかねるだけだ。命が一番と言ったところで、食べ物がなければ生きられないし、食べるにはお金がいる。二番以下を捨てたら一番が成り立たない。

子供が一番、も同じだ。子供を大事にしたいのなら、まず親が心身ともに健やかじゃなきゃ始まらない。親が満たされていなければ、子供は幸せにはなれない。


「でもねえ、俺、見てて思うんですけど。自分を削っていない親を、子供を大事にしていないと見なす風潮、確かにありますよ」

「有馬さんでも感じるんですか、そういうの」

「俺"でも"ってなんです?」


心外そうな顔をされてしまった。

すみません、決して鈍感と言いたかったわけじゃなく。"親"というものを、いつの間にそんな観察するようになったのかなって、そこへの驚きです。


「ちょっと前にね、園で、お母さん同士のやりとりを見たんですよ。片方はきれいな人で、片方はほら、すっぴんで服装とかもあんまり気にしない感じの」

「ああ…」

「気にしないほうのお母さんが、きれいなほうのお母さんに『いつも素敵な爪で羨ましいわ』みたいなことを言っていて。俺もつい見たんですよ、透明なピンクの、つやつやしたきれいな爪でした」


だいたいどのお母さんのことを言っているのか、わかる気がした。有馬さんは温かそうなファーのついたモッズコートに両手を入れて、ぽつぽつ語る。

「でもそのお母さん、さっと手を隠して、『仕事柄、しょうがなくて』って、すごい申し訳なさそうに、恥じ入って弁解したんです。俺、びっくりしちゃって。別に長く伸ばしてるわけでもない、清潔そうで、女の人らしいなあって、そういう爪ですよ?」


わかる。

いざこざとまでは言えない、そうした微妙なやりとりは、常に交わされている。

実家の助けを得やすい人、孤軍奮闘している人、夫婦間の協力がある人、ない人。こうしたさまざまな"違い"が、埋められない溝となって保護者たちの間に走っているのを、私たち保育士はうっすら見る。

そして、よそはよそ、と気にせずにいるのが得意でない人も、一定数いる。


「きれいなお母さんの子は、かわいい女の子で、親に怯えてる様子もなくて甘えてて、なんの問題もないんですよ。じゃあいいじゃないですか。爪がきれいなのは母親として減点なんですかね?」
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