クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
あまり大柄でない有馬さんだけど、こうして人混みの中にいると、紛れるほど小さくもない。酔った人もいる混雑した道を危なげなく、私の手を引いて歩く様子は、男の人なんだなあと感じた。


「ちょっとめんどくさい思考回路してて、でも自分で決めて、自分で動ける。そんな女の人。十分じゃないですか」


私に向かって、にこりと微笑む。

いつもこの手に握ってもらえて、律己くんはいいなあ、なんて考えた。


「…有馬さんは、ちょっと私を買いかぶってると思います」

「仕方ないですよ。盲目な時期ですしね」


否定はしないのね…。


「でも、それでいいんじゃないですか」


ストールに顔を埋め、彼が見上げたほうを見た。

地上の強烈な光とは対照的に、空は深い藍に沈み、くっきりと星を浮かべている。

どこかで聞いた台詞だ。

それでいいんだろうか。

私と母は、和解することはない。争っているわけではないから。

理解はできるが、共感はしない。

ついでに言うと、許容もしない。

だけど否定もしない。

そのくらいでいいのかもしれない。

人は変わる。愛情は思いもかけないところから湧き出す。

有馬さんのマンションに、律己くんの居場所ができたように。

自由な時間こそ減ったかもしれないけれど、律己くんへの愛情が、有馬さん自身を、きっと少しも削っていないように。

私も変わり、呪縛は解けないままに、消えるのかもしれない。

母がどれだけ自分を愛していようと、それはすなわち、私を愛していなかったということではないのだと。

たとえ巡り巡って彼女自身へ戻っていく類の愛だったとしても、その通過点で、確かに私に向けられていた瞬間はあった、それは事実なのだと。

そう思える日が来るのかもしれない。

私は健康で、ものの大切さも人への感謝の気持ちも知っていて、今ここにいる。

じゃあいいじゃないか、と。


歩くほどに重くなるぬかるみから、乾いた大地へ。

一歩、踏み出せるときが、来るのかもしれない。


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