クールな彼のワケあり子育て事情～新米パパは甘々な愛妻家でした～
「ご自分で持ったらいいじゃないですか」

「そもそもいらないんですよ、鞄。中も空っぽです」

「でもそういう服で、かばん持ってない人なんて、見たことないよ？　みんなのパパ、見てよ、絶対持ってるよ。せっかくかっこいいのに」


息子の訴えに、有馬さんはふんと鼻を鳴らし、いかにも億劫そうに律己くんから鞄を受け取った。

本当に空っぽなんだろう。持っている様子から、重さをまったく感じない。


「電車に忘れそう…」

「空っぽだからですよ。なにか大事なものでも入れておいたらどうですか」

「なくしたら困るじゃないですか」


だからあ。

私は堂々巡りが始まる前に、律己くんの手足を確かめた。片腕に一歳児を抱えている私のために、彼が自分で袖をまくり上げてくれる。

けがなし。湿疹なし。


「あと一年で卒園だね」

「まだあと一年もあるよ？」


これだから大人は、みたいな声を出す律己くんに、「すぐだよ」とロッカーに片肘を置いた有馬さんが笑った。

律己くんがそんな彼を見上げる。


「ぼくが卒園するの、楽しみ？」


無邪気な問いだった。ただ聞いてみたいだけ、というような。

有馬さんが虚をつかれたように黙り、ぱっと私を見る。なんでこっち見るのよ、と視線を返すと、今度は「あー…」と言葉を探して宙を見つめ始めた。

その目があちこちを辿り、律己くんに落ちる。

そして優しい光を帯びる。


「…楽しみだけど、さみしいから」


彼は苦笑して、片手をスラックスのポケットに入れ。


「ゆっくりでいいよ、大きくなるの」


愛しげにそう言った。
< 183 / 192 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop