クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
律己くんがみんなの輪の中に駆けて行ったのを見届け、有馬さんは玄関に戻った。


「変な感じですね、エリカ先生が担任じゃないの」

「でも、園にはいますから」

「暮らしてるだけで毎日会えるんだから、贅沢な環境ですよね」


見慣れない革靴に足を入れながら、低めた声でさっとそんなことを言う。

その姿を見て、あれっと気づいた。


「有馬さん、鞄!」

「あ」


ロッカーに駆け戻り、ついでに一歳児を柵の中に戻し、足元に置いてあったビジネスバッグを拾い上げて取って返した。

有馬さんは反省の色も見せず、「ほらね?」と眉をひそめてそれを受け取る。


「ほらねじゃないでしょう!」

「はいはい」

「返事は…」


「はい」とめんどくさそうにため息交じりの返事をし、腕時計を確認すると、彼はガラスドアを押し開けた。

むせかえるような春の香り。太陽の光で温められた、新しい日々の匂い。

有馬さんも、同じものに気づいたのかもしれない。外に出てすぐ、ふと空気の匂いを嗅ぐように顔を上向け、目をすがめたのが見えた。

それから振り向く。

片手をポケットに入れて、人懐こい、だけどどこかこちらをバカにしているような、いつもの彼の笑みを浮かべて。


「行ってらっしゃい」


私の声に、その瞳がちらっと反れて、また戻ってくる。

空は青く、優しく、景色をきらめかせ、雲を運んでいる。

有馬さんは、くすぐったそうに、照れくさそうに笑い。


「行ってきます」


そう応え、駅のほうへと駆けていった。







Fin

──Thank you!


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