クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
お父さんはむっとして黙ってしまった。ふてくされているように見えるけど、これは怒られてしょげているのだ。僕にはわかる。

お母さんは見とれるような手際のよさで洗濯物を干してしまうと、かごを抱えて部屋の中に戻ってきた。


「人に丸投げしないで、自分が覚えていることだけでも教えてあげたらどう? "お父さん"」


お父さんがお母さんを"母さん"と呼ぶのはなにかを押しつけたいとき。お母さんが "お父さん"と呼ぶのは父親の自覚を促したいとき。

背中を丸めて、椅子の上にあぐらをかいていたお父さんは、不満そうな目つきをじろっとお母さんに投げた後、「じゃあ、なんか聞けよ、答えるから」と嫌そうに僕に言った。


「名前の由来は?」

「字でわかるだろ、己を律する人間になれって願いを込めたんだよ」

「律するってなに?」

「ちゃんとコントロールするってこと」

「お父さんが考えたの?」


お父さんが僕のコップに手を伸ばし、「牛乳かよ」と顔をしかめた。まるでそうなることがわかっていたみたいに、お母さんがキッチンから、コーヒーの入ったカップを持ってきて、お父さんの前に置いた。


「考えたのは、お前のお母さん」

「僕が生まれたとき、嬉しかった?」

「そりゃ、嬉しかったよ」

「卓己(たくみ)のときと、どっちが嬉しかった?」


卓己っていうのは、三歳になる僕の弟だ。かわいい。とにかくかわいい。僕はどうやら、小さい子が好きみたいだ。もうじきすごい寝ぐせ頭で起きてきて、保育園に行く準備をするはず。

お父さんは苦笑して、うーんと首をひねった。


「それなあ、ほんと、比べられないんだよ。どっちも嬉しかった。嬉しさの種類が違うっていうか」

「どんなふうに?」

「………」


なにか説明しかけて、お父さんは固まってしまった。
< 186 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop