クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
まだはっきり覚えている。卒園式が終わって、だけどお父さんは仕事があるから僕は保育園に通っていて、もうすぐ小学生になるっていうある日、お父さんがリビングのソファに僕を呼び寄せて、ちょっとだけ不安そうに、でもすっごく幸せそうな感じに、言ったんだ。


『エリカ先生に、お前のママになってもらいたいんだけど、どう思う?』


あのさあ、と僕は幼心に思った。

僕に聞いてどうするの。"ふたりのもんだい"でしょ?

やめといたほうがいいと思うって言ったらどうするの? やめるの?

でもさ、そんなさ、パパ自身が楽しみで仕方ないんですみたいな顔されて、嫌だなんて言えるわけないし、そもそもさ。

僕の好きなエリカ先生がパパを好きで、パパもエリカ先生を好きで、三人で同じ家に住んで、一緒にごはんを食べて寝て起きて。そんなの──…

嬉しくないわけないじゃない!

子供は案外、いろいろ考えている。ただ言葉を知らないから、自分の考えていることをうまく話したり整理したりできないだけで、子供なりにちゃんと筋道の通ったことを考えているし、大人の言うことも、言わないこともけっこうわかっている。

僕はお父さんが言い出すより先に、エリカ先生とパパが特別に仲がいいのを感じていたし、僕がそれをどう思うかをふたりが気にしているのも知っていた。

でも言わなかった。それが子供のたしなみってものだから。

僕は食べたお皿とコップをキッチンに持っていき、学校に行く準備をするため自分の部屋に向かった。授業の前に継走大会の練習があるので、早く行かなくちゃならないのだ。

僕は別に走るのが好きなわけじゃないんだけど、足が速い。継走大会のメンバーに選ばれたとき、お父さんは『俺の遺伝だな』といばっていた。

パジャマからジャージに着替え、ランドセルを背負って帽子をかぶる。

玄関で靴を履いていると、部屋着に着替えたお父さんが寝室から出てきた。まだ寝ていなかったみたいだ。

スエットのポケットに両手を入れて、壁に片方の肩を寄り掛からせて、僕をじっと見下ろしてくる。


「なに?」

「練習、どうだ」

「まあまあだよ。Cチームくらいには入れそうだよ」

「へえ」
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