クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
03. 彼という人
「エリカ先生」
スーパーで買い物中、呼ばれて振り向いた。律己くんとお父さんだった。
呼んだのはお父さんのほう。律己くんはにこにこと手を振っている。
私が名前で呼ばれているのは、去年まで倉田という保育士がもうひとりいたからで、当園では通常、保育士は苗字で呼ばれております。
ということをここでわざわざ伝える必要はないだろう、きっと。
あれ、と気づいた。お父さんの提げているかごには、肉や野菜が入っている。お父さんが私の視線をたどり、「あ、これは母の使いで」と気恥ずかしそうに教えてくれた。
「おばあちゃん、もうよくなられたんですか」
「いや、まだまだみたいなんですけど、店屋物とかできあい惣菜が口に合わないらしくて、限界だから作る、と」
「じゃあ、お手伝いしないとですね」
「え」
当然のことと思って言ったのに、不満そうな顔をされてしまう。
この人、要するに正直なのね。
お父さんが不本意そうに「まあ、そーすね」と渋々同意した。
「お味噌汁は作れます?」
「作れません」
「それだけでも作れるようになったら、律己くん、必要な栄養取れますよ」
「はあ」
自分がそれを覚えるより母親が元気になる方が早い、とか考えている顔だ。まあ典型的な男の人の思考といえば、そうなのかもしれない。
「おい、律己」
気づくと律己くんは、お菓子の棚に魅了されていた。手に持っていたグミの袋を、あっさり取り上げられてしまう。
「だめだ、こんな歯に悪いの」
悲しそうな顔をして、別なお菓子を指さして父親を見上げた。