クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
お父さんはたまに、本当にたまに、亡くなったお姉ちゃんの話をする。お父さんを"あっくん"と呼んで、子供扱いしたり甘えたり忙しかった、自由なお姉ちゃんの話を、懐かしそうに、愛しそうに。

そういえば卓己が生まれた頃から、天国のお母さんは夢に出てこなくなった。きっと安心したんだ。"あっくん"はもう大丈夫って。

卓己が生まれるって知ったとき、僕はお母さんに言ったのを覚えている。『僕のこと気にしなくていいから、赤ちゃんをかわいがってあげてね』って。

それは、弟や妹が生まれる友達が必ず言っていたからだ。親はそっちに夢中になって、絶対に僕たちのことを忘れるぞって。

そりゃ大変だ、と僕は思ったのだ。お母さんが赤ちゃんのことしかかわいがらなくなったら、お父さんがさみしくて死んじゃうよ!って。

だけどそうしたら、お母さんは驚いたらしくて、目を大きく開いて首を振った。


『どっちもかわいがるよ、決まってるでしょ』

『でも赤ちゃんがかわいかったら、僕のかわいさは、減るでしょ』


お母さんは、はっとなにかに気づいたみたいに、まじめな顔になって、先生だったときと同じに、僕の前にひざをついて『律己くん』て話しかけた。


『愛って増えるんだよ』


それが嘘じゃなかったことは、卓己が生まれてからわかった。




「律己!」

「あ、おはよう」


学校の前で、継走仲間と会った。僕と同じように走って、白い息を吐いている。


「なあ、聞いてよ、俺んちまた妹ができるんだって」

「え、じゃあ四人兄妹になるってこと?」

「そういうこと。冗談じゃねーよ、今でも部屋は狭いしおやつは足りないしうるさいし、俺ばっかり我慢させられてんのにさあ。マジで親の愛情減ってるし」


難しい問題だ。

ここでいくら僕が「いや、それが減らないらしいよ」と言ったところで、友達が感じているさみしさや物足りなさはなくならないだろう。


「まあ、いいんだけどさ。うちの母ちゃん赤ちゃんの面倒見んのうまいし。赤ちゃんかわいいし。上の妹みたいにクソガキにならなければ」
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