クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
給食室を指さして促した。彼はほっとした顔で立ち上がり、私の後をついて保育室を出る。

廊下で、たまらなくなって私は頭を下げた。


「あの…すみません、園長が!」

「え」

「園長は、私たちへの気遣いから、ああいう言い方になっただけでして。保育参加の本来の目的は、子供の日頃の姿を見ていただくことです」


頭を下げたまま、まくしたてる。

だって誤解してほしくない。彼にだけは。


「私が有馬さんをお誘いしたのも、律己くんがどんなふうにここで過ごしているか、知っていただきたかったからです、決して私たちのことを」

「エリカ先生」


私を我に返らせたのは、温かい手だった。肩に置かれた右手。

私が顔を上げると、彼はすぐにその手を引っ込め、控えめに微笑んだ。


「わかってます」

「有馬さん…」

「すみません。さっきは俺が余計なことを言いました。後で園長先生にも謝ります」

「いえ、有馬さんのほうがずっと忙しくて大変で、いろんなもの削って律己くんの面倒見てるのに、あんなふうに」

「いや、それは違うでしょ」


気が高ぶるあまり、涙を流しそうになっていた私は、その言葉にきょとんと彼を見返した。

有馬さんの声は穏やかだった。


「大変とか忙しいって、比べられるもんでもないです。それで言ったら俺の仕事なんて、ただの娯楽だし、なくても誰も困らない」

「そんな」

「もっと自信を持っていいんじゃないですか。誰にでもできる仕事じゃないんだって」


冗談めかすでもなく、お世辞を言っているふうでもない。そういえばいつだって、彼は本音しか言わない人だったっけ。


「少なくとも俺には無理です」


どうしてなにも言えなくなってしまったんだろう。私自身、この仕事に対して誰かからの感謝や承認を求めていたわけじゃなかったのに。そんなもの、なくたって平気だと思っていたのに。


「…今日、来てくださって、ありがとうございました」

「いえ、俺も、呼んでもらってよかったです」


にこりと、飾らない微笑み。

涙が出そうになった。


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