クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
確認し合ったところで、別室からむずかるような泣き声が聞こえてきた。

全員がぎくっと緊張した。乳児組はひとりが昼寝から目を覚ますと、連鎖してぞろぞろ起き始めることがあるからだ。

幸い付き添いの先生がうまくあやしたみたいで、その事態には至らなかった。

私はほっと胸をなでおろし、報告を終えた。


* * *


「お疲れさまです、あの、今日のお迎えは」

『七時に変更しますと、昼間ご連絡したんですが』


予定時刻になっても迎えに来ない保護者に電話をしたら、明らかに苛々した声を出されてしまった。慌てて謝罪し、お待ちしていますと伝えた。

腑に落ちず、職員の連絡簿を確認してみる。やっぱりなにも書いていない。

誰かが伝え忘れたんだろう。保護者には申し訳ないけれど、毎日目の回る忙しさで、このくらいの抜けは仕方ない。


「先生、ママ、なんだって?」

「お仕事が忙しくて、七時になっちゃうって」

「七時ってどのくらい?」

「紙芝居を見て、ご本読んで、体操したらかな」


ごまかしているようで胸が痛んだ。けれどまだ時計の読めない年齢の子には、時間の感覚を伝えようがないのだ。

彼女は健気にも納得してくれたようで、そっか、と大人びた表情でうなずくと、友達のところへ戻っていった。

早番の私は、そろそろ退園の準備を始める時間だ。ほっと気が抜けかけたところに視線を感じて、足元を見た。

今年四歳になる男の子が、じっとこちらを見上げていた。


「なあに、律己(りつき)くん」


大きな目を瞬かせるだけで、なにも話さない。有馬(ありま)律己くんは、こういう子だった。

一歳の頃からこの保育園に通っている。最初から言葉の遅い兆候があり、ほかの子たちがどんどん喋るようになっても、この子だけは後を追わなかった。耳は聞こえているし、周囲の言葉も理解している。けれどめったに言葉を発しない。


「お世話様です」

「あっ、こんにちは」


ちょうどよく、律己くんのおばあちゃんが迎えに現れた。
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