クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「すぐにタクシーを呼びます」

「救急車だって言ってるでしょ!」


お母さんが絶叫した。私は事務室内に腕だけ突っ込み、園の電話機を取って、登録してあるタクシー会社の番号を押そうとして間違えた。落ち着け。


「申し訳ありません、救急車は呼べません」

「この血だらけで泣いてる翔太を見て、緊急じゃないって判断するのね?」

「あっ…すみません、タクシーを一台お願いしたいんですが」


タイミング悪くというべきか、電話が繋がってしまった。私は保育園名を伝えて、配車をお願いした。目で断りを入れたものの、それはお母さんにとっては、無視されたと映ったらしい。


「態度の悪い保育士ね!」


電話を終えた私を待っていたのは、憎々しげな眼差し。

続けて園医の先生に電話をしたかったのだけど、それは許されなそうだった。

翔太くんはお母さんの腕の中でまだ泣いている。血を拭いて具合を確かめて、声をかけてあげたい。もうすぐ先生が診てくれるから大丈夫だよって安心させてあげたいのに。


「申し訳ありません」

「訴えます」

「まず翔太くんを病院に連れていってから、ゆっくりお話しさせていただけませんか」

「確かこの保育園は、運営母体の会社があるのよね。そこへの直通電話があったはずよ、そこどいて」


お母さんは翔太くんを床に寝かせ、壁の掲示板のほうへ歩み寄った。そこには『保育園の対応について改善要求がある場合にかけてください』という相談窓口の番号が載っている掲示物がある。

そしてそれの前に、安井先生が立っていた。今にも泣きそうな顔をして、でもお母さんから掲示物を隠すように、毅然と立っている。

お母さんはわなわなと震え、その場にいた保育士全員を、ひとりひとり指さしながら叫んだ。


「訴えます! 子供から目を離し、けがをさせた挙句、対応はもたもた、ぐずで不適切。保護者に寄り添う誠意も見られない。よくそれで保育士なんてやってられますね!」

「それはないですよ」
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