クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
突然割って入った男性の声に、誰もが虚をつかれた。

お母さんも例外ではなく、きょとんとして、私たちに向けていた指を宙に浮かせ、後ろを振り返る。

そこには律己くんを連れて、有馬さんが立っていた。


「さっきのは誰が見ても事故ですよ。先生たちは手一杯で、それでもちゃんと子供に注意を払ってるように見えました」


いつもと同じ、くたっとしたシャツにジーンズ。律己くんがそばにいなければ、保護者というより部外者と思われたかもしれない。

お母さんもあからさまに蔑むような目つきを彼に向けた。


「この保育園のせいで起こった事故よ」

「あんたの子が決まりを守らず走っていたのが原因で起こった事故だ」


有馬さんの声は、静かだけどきっぱりとしていた。


「今あんたがすべきなのは翔太くんのケアだ。それから人の親なら、相手の子を気に掛ける素振りくらい、見せたらどうですか」


お母さんが唇を噛み、顔を赤くしていく。

私はこの隙にと思い、翔太くんのそばに寄った。泣き止んで、自分で口を拭っている。前歯をさわると、二本ぐらついているのがわかる。早く先生に診てもらいたい。


「先生たちの対応は冷静で最善だったと、俺は見ていて思いました。毎日これだけ一緒に過ごしてる子供が目の前で血を流して泣いてたら、先生たちだってつらくないわけがない。痛いに決まってる」


有馬さんの目が、ふと私を見た。一瞬視線が合って、その目がほんのわずか、安心させるように柔らかくなった気がした。

再びお母さんに顔を向け、彼は淡々と言った。


「その中でこれだけの対応をしてくれたんだ。親の手元に置いておいたって、事故は起こる。園にいれば当然、園でも起こる。園はそのリスクごと預かってくれてるんだ。クレームの前に、まず感謝だ」

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