クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「診せられないったって、こんな時間にやってる歯医者なんてないでしょ」

「たぶんですけど、総合病院の夜間窓口に行ったんじゃないかと…」

「…都合よく口腔外科医が当直してる可能性なんて、あるかなあ?」


心の底から疑問みたいに眉をひそめる。

よその家に響いてしまわないよう、小声で話しながら。ポーチと廊下を隔てる銀色のフェンスに、彼はくつろいだ様子で片腕を預けている。


「どうなんでしょう。でももう、私たちには手立てがなくて」

「まあ、ああいう親の元に生まれた宿命と諦めて、翔太くんには頑張ってもらうしかないでしょうね」

「かばっていただいてありがとうございました、あれで職員は救われました」

「いや、そういうつもりでもなかったんで。子供のいる前で言うべきでもなかったと思うし、お母さんが動転するのもよくわかるし」


私のお礼を弾き返したいかのように、きまり悪そうに手を振る。


「俺も頭に血が上ってたんで。言いすぎました」

「血が上ってたんですか?」

「そうですね、俺はそれまで、エリカ先生が処置するのを、冷静だなあ、すごいなあって見てたんで」


…え。

有馬さんが腕をこすりながら、うつむきがちに言う。


「それあんなふうに攻撃されたら、そりゃかっとなりますよね」


彼はどうやら、自分がとても恥ずかしいことをしたと思っているようだ。居心地悪そうに足を踏み替え、フェンスに寄り掛かって腕を組んだ。

部屋着なのか、ぴたりと身体に合った薄いシャツに、下はスエット。

私は急に落ち着かなくなり、「えっと」とそわそわ手をこすり合わせた。


「あっ、り、律己くん、大丈夫でしょうか、ひとりで」

「あ、ですね、そろそろ戻ります」

「ありがとうございました」

「いや、こっちこそわざわざ…」

「失礼します。おやすみなさい」
< 55 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop