クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
そうですよね…。

バッグも持っていない有馬さんに、隠す場所はない。


「じゃあ、次回から、外に置いてきていただけると…」

「意味がわかりません。どういうことですか?」


怪訝そうに眉をひそめ、聞いてくる。

私は必死に言い方を探した。ついこの間までなら、平然と言えたのに。


「お迎えの前に買い物を済ませてくるというのは、基本、しないでくださいとお願いしておりまして」


有馬さんがぽかんとした。


「駅からここに来る途中にスーパーがあるのに?」

「あの…はい」

「園の規則ですか?」

「規則…ではないんです。言ってみれば、マナーに近いような…」

「マナーっていうのは社会で共有されている常識のことです。誰かが勝手に作って押しつけるものじゃない」


私、どうしてこれまでこのことについて、無頓着でいられたんだろう。どうして恥ずかしげもなく、これがマナーです、なんて言えたんだろう。

もうそれ以上言えることもなく、私はうつむいた。

受付台になっている、子供用のロッカーの上に、有馬さんが腕を置いた。


「なんとなく予想つきました。保育園はあくまで親の"勤務"中に子供を預かる場であるから、買い物してる暇があるなら早く迎えに来いってことでしょ」


まさしくその通りです。

有馬さんの声は、いつも通り率直で、私を責めている様子でもない。だけど私は申し訳なくて恥ずかしくて、彼のほうを見られなかった。

小さな声で、いつもの説明をした。


「子供たちも早く帰りたがってるんです。お迎えを待ちきれず泣き出す子もいます。仕事以外の用事は、お迎えの後で…」

「じゃあ帰りたがってなければいいんですか? うちの場合、先にここに来てから買い物に戻ったら、律己が家に着くのはより遅くなります。寝る時間もずれ込みます。そのほうがいいってことですか?」


もうなにも言えない。
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