クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「俺の側からどう見えるか言いますね。俺は規則に従って、夜八時までの保育料をもう納めてます。これはつまり、その時刻まで子供を預かるっていう契約です。早く迎えに来い、ただしもらった金は返さない、というのは、一般的な感覚でいえば、契約反故です。いや、そこまではいかないとしても」


そこで言葉を切り、私を覗き込んだ。


「マナー違反です」


その顔は、にやっと笑っている。

私はもう、恥じ入るあまり泣きそうなのをこらえ、「はい」と返事をした。はい。その通りだと思います、本当に。

私の様子を探るように、じっと顔を見ていた有馬さんが、ふっと微笑む。


「なんて、俺はエリカ先生を困らせたいわけじゃないです。要するに堂々とやられたらまずいんでしょ、これからは外に置いてきます」

「ありがとうございます…」

「でもひとつも納得してません。仕事を早く終えて得た時間は俺のものです。そこに『なら次のタスクを繰り上げろ』と言う権利は誰にもありません」

「はい」

「もしまた同じ説明をしなきゃいけないときがあったら、方便でも"規則です"で押し切ったほうがいいんじゃないですか? 余計な理屈くっつけずに」

「そうします」


額の汗を手の甲で押さえる私を、彼が笑った。

男の人だなあ、と思った。

こういう率直さと、感情的にならずに個人の見解を語れる冷静さと、言いたいことを言っておきながら、関係をこじらせずに済ます社会性のようなもの。

女性でこういう人は、あまり見たことがない。


「あ、律己」

「あっ、ごめんね、待たせちゃった」


気づいたら律己くんが、私の横でじっとこちらを見上げていた。リュックも背負って、帰る準備万端だ。一方私は、活動報告も済ませていない。


「すみません、ええと、午前中は第二公園に行きまして、鬼ごっこを」

「そういやこいつ、なんか字みたいの書くようになったんですけど」

「あっ、そうなんです。最近興味がある子には、ひらがなのドリルをさせてるんです。律己くんは一番覚えが早いですよ。読むのもおぼつかない子もいますし」
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