クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
律己くんは片親のため、送りも迎えもすべて、近くに住んでいるおばあちゃんが面倒を見ている。おばあちゃんといってもたぶんまだ五十代で、見た目も若く、優しげなご婦人という感じだ。

子供を保育園に預ける夫婦は、たいていが忙しい。こうして祖父母の代が保育園に関わるのも珍しくない。


「あの、申し訳ありません、律己くんですね、今日、お友達に腕を噛まれてしまいまして」

「あら、なにかいたずらでもしましたか」

「律己くんは悪くないんです。彼の読んでいた本を欲しがった子が、突然噛みついて…我々の不注意でした、すみません」


律己くんの袖をまくって見せると、痛々しい歯形がくっきりとついている。

保育者がすぐに気づいてやめさせたものの、加減を知らない子供のやることは、時にとんでもない痕を残す。


「冷やしたんですが、痛がるようでしたら病院へ連れていってあげてください」

「そんな大した怪我じゃなさそうですよ。その子のお母さんのほうが気に病んで大変でしょう。お気になさらず、と伝えてください」


穏やかに微笑んで、おばあちゃんは律己くんの手を引いて帰っていった。

研修で来ている保育士の女の子が、そっとささやいてくる。


「理解のある方ですね」

「ひどい怪我にならずに済んだおかげかもしれないけど」

「噛んだ子のお母さんは、気に病むどころか」

「ここでそういう話、しない」


学校を出たばかりの彼女は、はい、と素直に口をつぐんだ。

噛んだ子のお母さんは、同じ報告をしたら、よくも厄介事を増やしてくれたとばかりに腹立たしげな目つきで我が子を見ただけだった。

家で、きつく怒られていないといいけれど。

明日の朝、様子を見るのを忘れないようにしよう。




「疲れたなあ…」


誰にともなく呟いた。言ってから、誰もいないよね、と周囲を見回す。

いなかった。
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