クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「あ、やべ、律己…」


有馬さんが慌てて店内に戻る。

律己くんは大人用の椅子の上で、床に届かない足をぷらんと垂らし、両手をきちんと膝に置いて有馬さんを待っていた。

そばにいた年配の女性が、駆け寄った有馬さんを見つけ、呆れ顔をしてみせる。


「こんな時間に、こんな場所で、子供にこんな食事をさせるなんて」

「すみません。律己、帰ろう」

「添加物には依存性があることを知らないの? 子供に出来合いや外食がいいわけないわ。今の子にアレルギーが多いのも、そのせいなのよ」


有馬さんはトレーと律己くんのリュックを持った。律己くんが椅子から滑り下りて、彼の足元にぴたりと寄り添う。

女性を振り返り、有馬さんは落ち着いた声で言った。


「すみません」


トレーを片づけ、こちらに出てくる。

背後では女性が、お友達らしき別の女性と、非常識な親がとかなんとか、中途半端な知識をふりかざしている。


「先生、ちょっと」

「離してください」

「いや、どこ行く気ですか」

「だって、一言言わないと気が済まない…」


彼と入れ替わりに、店内に乗り込もうとした私の手を、有馬さんはぎゅっと掴んで離さなかった。私は悔しくて、有馬さんの気持ちを思うとやりきれなくて、胸が沸騰しそうになっていた。

私の顔を見て、有馬さんが笑う。


「また泣いてる」

「泣いてません」

「いいんですって。先生は、律己の好きな明るいエリカ先生でいてください。なっ」


最後のは、律己くんへの投げかけだ。

はっとして見下ろすと、律己くんがにっこりと、聡明そうな笑顔を見せてくれた。
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